2013年6月5日水曜日

野中広務による尖閣棚上げ発言。中国包囲網が完成に近付く中、絶妙なタイミングで中国共産党をアシスト。

http://surouninja.blogspot.jp/2013/06/blog-post_5.html
中国が中国包囲網によって譲歩を見せ始めた此のタイミングで、態々(わざわざ)北京まで“尖閣棚上げ”を御注進に行った野中広務元官房長官。野中が中共の“反日政策”をアシストするために行ったことは想像に難しくない。




毎日新聞 6月4日(火)22時35分配信
<尖閣棚上げ発言>政府、領土問題再燃を懸念
野中広務元官房長官が3日、訪問先の北京で沖縄県・尖閣諸島について日中間に「領有権の棚上げ」合意があったと発言したことについて、日本政府は4日、発言を完全否定し、野中氏に冷淡な姿勢を貫いた。2日には中国人民解放軍の現役幹部が「棚上げ論」に言及するなど、中国側は「棚上げ」提案で対話姿勢を見せるが、日本側が応じれば「領土問題は存在しない」との従来の主張が崩れる構図だ。
 野中氏は記者会見で、日中国交正常化(1972年)の直後、正常化交渉に当たった当時の田中角栄首相から、尖閣問題棚上げを日中双方が確認したと聞いた、と述べた。

2013年06月05日
私は野中発言を評価しない - 天木直人のブログ
ちなみに私は今度の野中訪中団を評価しない。古賀誠、仙谷由人という野中の子分たちで主導される訪中団だからだ。

 何よりも私は野中広務という政治家を信用しない。

 彼は加藤紘一を潰し、小沢一郎を潰して自民党政権を守った男だ。

 小渕首相が倒れたとき森首相を担ぎ出した5人組みの一人だ。

 日歯連の献金疑惑で村岡一人に罪をかぶせて逃げた男だ。

 護憲論を繰り返して平和主義者のように振る舞っているが、私との対談から逃げ続ける不明朗な人物だ・・・ 

野中は、部落差別利権を貪る一方で、今や最もリベラルな勢力の代表とも謂える小沢一郎を潰すことに躍起になっている。矛盾している様に見えるが、此れこそが日本を支配する勢力の“左手の役割”なのだろう。花畑サヨクを誤誘導し、単細胞ネトウヨをファビョらせ、憎しみの連鎖でアジアの融和を妨げるという役割である。

野中の行動は決して日中の融和には貢献しない。寧ろ中国共産党の反日政策を助長することにしかならないだろう。国益を潰すためとしか思えない様な最悪の行動だな。

まぁ野中は既に議員でも何でも無いのだから、完全に無視して良いレベルと言えなくも無いがね。

野中の行動を見ていると、日本国内の差別利権は中国共産党の資金源の一つになっているのではないかと疑ってしまうね。


2013年6月3日月曜日
中国人民解放軍No.2がアジア安全保障会議で沖縄・尖閣問題を「棚上げ」状態に戻すべきとの見解。
http://surouninja.blogspot.jp/2013/06/no2.html

2013年6月3日月曜日
安倍首相がアフリカ10カ国首脳らと国連安保理改革について協議し、日本の常任理事国入りの支持要請を受けた様である。
http://surouninja.blogspot.jp/2013/06/10.html

2013年5月31日金曜日
中国がTPP交渉参加を検討する様だが。
http://surouninja.blogspot.jp/2013/05/tpp.html

2012年5月16日水曜日
沖縄本土復帰記念式典に出席した鳩山由紀夫・元首相に直接苦言を呈する野中広務。
http://surouninja.blogspot.jp/2012/05/blog-post_16.html

2012年4月14日土曜日
野田政権に原発再稼働を促す仙谷由人。野中広務とCSISにも繋がるシオニスト勢力の左手。
http://surouninja.blogspot.jp/2012/04/csis.html

myamyugo

尖閣棚上げ発言の野中氏 撤回拒否「言うために中国にいった」(産経新聞) - Y!ニュース http://t.co/wu1Gs07Aoi野中さんは、小泉内閣の「劇場民主主義」に叩き潰され辞職した方ですよね?何故今頃、事実無根の勝手な発言を?国民の損失になる事やめてください。

2013年6月5日 11:49:21

mitsuo2636

この方、もう辞めた方ですよね?   野中広務「中国様に、尖閣棚上げは田中元総理が中国と約束した事実と証言した 私が生き証人だ」 http://t.co/Hf3vqLxPhl

2013年6月5日 11:49:07

itoinakatainaba

RT @kaminoishi: 野中という人は昔京都府知事時代にはころころ出身校変えたりと学歴詐称という虚言の前科あります。府議時代にはあの有田の父親の共産党とも交流もあれば選挙で争いもしています。日中国交回復当時はまだ府議で時の首相とそんな大事なことを耳に出来る立場ではないと思います、ふざけるな。

2013年6月5日 11:48:21

banpaiannight

RT @hskenncutter: 田中訪中は1972年ですが、当時、野中広務は一介の京都府議会議員に過ぎませんでした。常識的に考えて、天下の田中角栄や大平正芳が、京都のペーペー府議に日中会談の詳細を教えるわけがないのです。歴史の生き証人だなどと、国民の知性をバカにし過ぎでしょう。 @smith796000

2013年6月5日 11:45:03

kontec98

RT @sugipeak: それ やばいよ。 RT @harappa55: 皆さんがサッカー見てる間に #NHK で野中広務が日中関係を「中日関係」と発言している映像が流れたことを報告いたしますね。

2013年6月5日 11:41:29


野中広務 - Wikipedia
中央政界へ進出

1983年8月7日に、前尾繁三郎、谷垣専一の両衆院議員死去に伴う衆議院旧京都2区補欠選挙において自民党公認・木曜クラブ新人として、2議席を自民党の宏池会新人谷垣禎一候補、日本共産党の有田光雄候補(同党京都府委員会役員、後にジャーナリスト・参議院議員になる有田芳生の父)、日本社会党の山中末治候補(元京都府八幡市長。後、衆議院議員)、前尾系無所属林長禎候補(前京都市議会議長)らと争う。開票直後は、野中リードの速報が入るものの、次第に谷垣、有田両候補にリードを許し始めた。谷垣候補が当確し、続いて有田候補が勝利宣言、野中は敗北宣言の準備を始めた。しかし、野中の地元・園部町で未開票の投票箱の存在が判明して、有田候補を逆転し初当選を果たした。野中が一度は敗北を覚悟した選挙結果に、京都府議時代から目をかけていた田中角栄元首相が自民党京都府連会長上田稔参議院議員(後の環境庁長官)に対して激怒したという。なお、当初自民党には2人区に対しては谷垣1人のみ擁立する案があったが、それに対して独占を目指して2人擁立論を自民党総務局長として強行に主張して谷垣・野中の2人擁立を行ったのが、後に野中と対立することになる小沢一郎であった。

此の時の怪しげな選挙は、米中ソの“代理選”だったのでは無いかと俺は妄想している。

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